第1回 先生が整うと、レッスン室の「色」が変わる それぞれのウェルビーイング

2026年10月26日

こんにちは、ぽこあぽこピアノ教室 中西美江です。
今日から3回にわたって、
先生・生徒・保護者様、三者のウェルビーイングに
ついてお話ししていきます。
どの講座でも最後に必ずこの「三者すべてのウェルビーイング」という視点をお話しさせて頂いております。

第1回は、「先生のウェルビーイング」からお話しさせて頂きます。

「ウェルビーイング」ってなんでしょう?

「ウェルビーイング」は、直訳すると「よい状態であること」です。
1946年に採択されたWHO(世界保健機関)憲章では、健康を「病気でないとか、
弱っていないということではなく、身体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と定義しました。
この「満たされた状態」の部分が、英語の well-being です。
つまりウェルビーイングは、その瞬間の「楽しい!」「うれしい!」だけを指す言葉ではありません。
心と体と、人とのつながり。そのバランスがとれていて、
よい状態がこれからも続いていくことを大切にする考え方なんです。
日本でも、2023年に閣議決定された第4期教育振興基本計画で、
「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」が大きな柱のひとつになりました。学校教育の目標が、
「できるようになること」だけでなく、「その子がその子らしく、よりよく生きていくこと」へと広がってきているのです。
ピアノ教室も、この流れの中にあるべきだと私は考えています。
今日、いちばんお伝えしたいことは、ウェルビーイングは「生徒さんのため」だけの言葉ではないという事です。
先生にも、保護者様にも、同じように大切なもの。
誰か一人ががまんして成り立つウェルビーイングは、
長くは続かないからです。

先生、今日のご自分は何色ですか?

いきなりですが、質問です。
今、これを読んでくださっている先生ご自身は、
ポリ語でいうと何色でしょうか?
吉里恒昭さんの「ポリ語」では、安心・つながりの状態を「緑」、闘う・逃げるの状態を「赤」、固まる・動けなくなる状態を「青」で表します。
これまでのブログでは、主に「生徒さんが今何色か」を見る視点をお伝えしてきました。
でも、全国の先生方とお話ししていると、こんな声をよく聞くんです。
「生徒のためなら頑張れるんです。でも、気づいたら自分のことは後回しで」
「発表会前になると、夜もなかなか眠れなくて」
「発表会の準備って大変ですよね」
「誰にも相談できないまま、これでいいのかなと思いながらレッスンしています」
これって、赤や青の時間が長くなっているサインかもしれません。
ピアノの先生は、本当にまじめで優しい方が多いです。
生徒さんのことを考え、保護者様の気持ちにも心を配って、
自分のことはいちばん最後。
でも、本当は先生ご自身のウェルビーイングが一番大事だと私は思っています。

神経系は「うつる」 ・・・ 協働調整のお話

なぜ第1回が「先生」なのか。
それには、はっきりとした理由があります。
以前の記事「安全を感じている時にしか、人は学べない」で、
協働調整(co-regulation)という言葉をご紹介しました。
人の神経系は、相手の声のトーンや表情を無意識に読み取っていて、そばにいる人の状態に影響を受ける、という考え方です。
落ち着いた人のそばにいると、自然と自分も落ち着いてくる。
焦っている人のそばにいると、なんとなく自分もそわそわしてくる。「あぁ〜そういえば!」と心当たりのある方もいらっしゃるのではないでしょうか?
そして、私たちの神経系は、本人も気づかないうちに「ここは安全か、危険か」を感じ取っています。
これがニューロセプションでした。
ということは!!
先生が緑でいるとき、その穏やかさは声や表情、待つ姿勢を通して生徒さんに伝わり、生徒さんのニューロセプションに「ここは大丈夫」と届きます。
反対に、先生が赤のとき、たとえ言葉はやさしくても、
声のわずかな硬さや表情のこわばりは、ちゃんと生徒さんに伝わってしまうのです。
つまり、先生の神経系の状態が、そのままレッスン室の「色」になるということ。
私が「レッスン前に先生自身が、今日の自分の状態をチェックすることも指導技術のひとつ」とお伝えしているのは、このためです。
先生のウェルビーイングは、
わがままでも贅沢でもなく、教室の安心の出発点なんです。

先生の「赤」は、こんなところに出ています

以前の記事で、生徒さんのサインを「そわそわ型」と「固まり型」に分けてご紹介しました。実は、先生にも同じようなサインがあります。
先生の「赤」(交感神経系が優位)のサイン
・自分でも気づかないうちに、話すスピードが速くなっている
・生徒さんが弾き終わる前に、口をはさんでしまう
・間違いが気になって、同じところを何度も弾き直させてしまう
・レッスンの最初が「宿題、どこまでできた?」から始まっている
・時計ばかり気にしている
先生の「青」(背側迷走神経系が優位)のサイン
・生徒さんの演奏を聴いていても、なんだか心に入ってこない
・「まあ、いいか」とその場をやり過ごすことが増えている
・新しい曲や教材を探すのが億劫になっている
・レッスンのあと、ぐったりして何もしたくない
いかがでしょう。
特に「宿題、どこまでできた?」から始まるレッスンは、
大人のピアノレッスンの記事でも書きましたが、
生徒さんを「できなかった言い訳」から始めさせてしまいます。
それは生徒さんにとってだけでなく、実は先生にとっても、
赤のスタートなんですね。
こうしたサインに気づいたときは、自分を責めるのではなく、「あ、今ちょっと赤かも」とポリ語でそっと認めてあげてください。それだけで、少し呼吸が深くなるはずです。

ピアノの先生が「赤」や「青」になりやすいわけ

では、どうしてピアノの先生は疲れやすいのでしょう。
私は、先生個人の性格や努力の問題ではなく、
この仕事ならではの「構造」があると思っています。
一つめは、ひとりで抱えやすいこと。
個人教室の先生は、同僚も上司もいない中で、レッスンも保護者対応も運営も、
すべてひとりで判断しています。迷ったとき、すぐに相談できる人がいない。
それだけで、神経系はずっと身構えた状態になりがちです。
二つめは、成果が見えにくいこと。
上達は一週間や一か月では見えないことも多いですよね。練習してこない週が続くと、
「私の教え方が悪いのかな」と自分を責めてしまう。でも本当は、成長はゆっくりで、波があって当たり前なんです。
三つめは、「結果」へのプレッシャー。
発表会やコンクールの出来が、先生の評価のように感じられてしまうことがあります。
その気持ちが強くなりすぎると、レッスンがいつの間にか、生徒さんのためではなく結果のためのものになってしまいます。
四つめは、境界線の引きにくさ。
レッスン時間外の連絡、振替の調整、楽譜の準備。自宅教室の先生なら、なおさら仕事と生活の境目があいまいになりますよね。
この四つが重なると、赤と青を行ったり来たりする時間が、
少しずつ長くなっていきます。

「これでいいのかな」という迷いも、先生の赤になる

もうひとつ、最近の先生方とお話ししていて感じるのが、
「時代の変化への迷い」です。
たとえば電子ピアノ。今、教室にお迎えする生徒さんの多くが、
電子ピアノでおうちの練習をしています。集合住宅での音の問題、共働きで練習時間が読めないこと、将来の引っ越しの可能性。
理由はご家庭によってさまざまです。
そんな中で、
「アコースティックピアノでないと、本当の音楽は育たないのでは」
「電子ピアノの生徒さんに、どう教えたらいいのかわからない」と迷っていらっしゃる先生は、決して少なくありません。
電子ピアノの講座でもお伝えしていますが、
その迷いは、先生ご自身が大切にしてきた音楽体験の裏返しです。否定する必要はまったくありません。
ただ、「これでいいのかな」という迷いを抱えたままレッスンをしていると、それは小さな赤として、ずっと先生の中に残り続けます。
だからこそ、
電子ピアノの仕組みや特性を知ることは、
先生自身の安心のためでもあるんです。タッチや音の違いは、
優劣ではなく機構の違い。「知らないまま指導する」から「知って寄り添う」に変わったとき、
先生の迷いは、自信に変わっていきます。
「違う」は「劣る」ではない。この視点は、生徒さんのためだけでなく、先生ご自身を楽にしてくれる視点でもあると思っています。

先生にも「全部いいよ」の精神で・・・

私がいちばん大切だと思っているのは、生徒さんにしていることを、自分にもしてあげることです。
ぽこあぽこ教室の「全部いいよの哲学」は、
できていないところより先に、できているところに⭕をつける
考え方です。これを、先生ご自身にも向けてほしいのです。
実は私自身、性格的に「励まし系」で、「大丈夫、大丈夫〜」と
明るく声をかけるタイプです。
でも、生徒さんにはそう声をかけられるのに、
自分に対しては「あのレッスン、もっとこうすればよかった」と、
反省会ばかりしていた時期がありました。
心理学者のクリスティン・ネフ博士は、自分への思いやりである「セルフ・コンパッション」を、三つの要素で説明しています。
・失敗したとき、友だちに声をかけるように、自分にやさしく声をかけること
・うまくいかないのは自分だけではなく、誰にでもあることだと知ること
・つらい気持ちを大げさにも、見ないふりにもせず、そのまま認めること
うまく伝えられなかったレッスンのあと、
「私はだめだ」と責める代わりに、
「今日は伝わりにくかったね。次は別の言い方を試してみよう」と、自分に声をかける。生徒さんにかける言葉と、同じ温度で。
「聞いて!まるみえ先生」で全国の先生方のお悩みにお答えしていると、
本当に多くの先生が同じことで迷い、同じことで自分を責めていらっしゃることがわかります。
悩むのは、先生が真剣に生徒さんと向き合っている証拠。
あなただけじゃないんです。

まるみえ流・先生が「緑」に戻るためのおすすめ

レッスン前に「今日の私は何色?」と確認する
生徒さんを迎える前に、ほんの数秒、自分の状態をポリ語で確認します。
「ちょっと赤っぽいな」と気づけるだけで、対応がずいぶん変わります。
気づくことが、調整の第一歩です。

境界線は、生徒さんを守るためのもの
どうぞ、境界線を引く勇気を持ってください。
夜遅くに届いた連絡に、すぐ返信しなければと焦ってしまう。
お休みの日も、振替の調整や楽譜の準備で気が休まらない。
生徒さんのためを思えば思うほど、先生の時間はどんどん削られていきます。
でも、先生がいつも赤のままでいることは、結局、生徒さんのためになりません。
協働調整のお話を思い出してください。先生の状態は、そのままレッスン室の色になるのでしたね。
たとえば、こんな小さな境界線から始めてみてはいかがでしょう。
・連絡への返信は、決まった時間帯にまとめてする
・振替のルールを、入会のときにわかりやすくお伝えしておく
・週に一度は、ピアノの仕事をしない時間をつくる
・「できないこと」は、申し訳なさそうにではなく、やわらかくはっきりお伝えする
境界線を引くことは、生徒さんや保護者様をないがしろにすることではありません。
むしろ、先生がいつも緑でいられるように整えることは、生徒さんを守ることそのものなんです。
発表会の規定や振替のルールをきちんと決めておくことも、
同じ意味があります。ルールがあるから、先生は一人ひとりの事情に振り回されずにすみ、
保護者様も「どうしたらいいんだろう」と迷わずにすむ。決まりごとは、三者みんなの安心のためにあるのだと思います。

今日のお話しのまとめです

・先生の神経系の状態は、協働調整によって、そのままレッスン室の「色」になる
・ピアノの先生が疲れやすいのは、性格ではなく「ひとりで抱える」などの仕事の構造による
・生徒さんに向ける「全部いいよ」を、先生ご自身にも向けてあげる
・レッスン前の「今日の私は何色?」が、いちばん手軽なセルフチェック
・境界線を引くことは、生徒さんを守ること

次回は、先生の「緑」の中で育つ、生徒さんのウェルビーイングについてお話しします。
「上手」より大切なものって何だろう? どうぞお楽しみに。

今日の一冊
『「ポリヴェーガル理論」がやさしくわかる本 イライラ、不安、無気力、トラウマ…負の感情がラクになる』吉里恒昭 著/日本実業出版社(2024年)
以前もご紹介しましたが、講師編でもう一度。赤・青・緑の「ポリ語」は、
生徒さんの様子を読み取るときだけでなく、先生ご自身の状態をふりかえるときにも役立ちます。
忙しい毎日の中で、自分の「色」に気づくヒントがたくさん詰まった一冊です。

nakanishi の紹介

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